評     価  

 
       
File No. 0870  
       
製作年 / 公開日   2008年 / 2008年11月22日  
       
製  作  国   日  本 / ブラジル / カ ナ ダ  
       
監      督   フェルナンド・メイレレス  
       
上 映 時 間   121分  
       
公開時コピー   全世界、失明。  

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最初に観たメディア  

Theater

Television

Video
 
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キ ャ ス ト   ジュリアン・ムーア [as 医者の妻]
マーク・ラファロ [as 医者]
アリス・ブラガ [as サングラスの娘]
伊勢谷 友介 [as 最初に失明した男]
木村 佳乃 [as 最初に失明した男の妻]
ドン・マッケラー [as 泥棒]
モーリー・チェイキン [as 会計士]
ミッチェル・ナイ [as 少年]
ダニー・グローヴァー [as 黒い眼帯の老人]
ガエル・ガルシア・ベルナル [as 第三病棟の王]
 
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あ ら す じ    とある都会の交差点で、信号待ちの車の運転席で日本人の男の目の前が突然真っ白になり、彼は完全に視力を失ってしまう。彼は親切を装った泥棒に家まで送り届けられるが、車をそのまま乗り逃げされてしまう。彼は帰宅したに付き添われ眼科医で診察を受けるが、医師は眼球に異常はまったく見受けられず、失明の原因は不明だと告げる。ところが、謎の失明は伝染性があり、日本人の男と同じ医院で診察を受けたサングラスの娘や泥棒、果ては医師までもが同様に失明してしまう。
 政府は爆発的に感染が拡がる“ブラインドネス”の波及を食い止めるため、感染者の強制収容を始める。かつては精神病院だった建物に収用された感染者たちの中で、ただ一人感染を免れていた「見えている」人間がいた。収容される夫の身を案じ、感染を装って一緒に収容された医師の妻だった。
 収容所の外では感染が世界中に蔓延し、街は既に失明した者たちで溢れかえっていた。そんな中、収容所への食料等の配給もままならず、やがて第三病棟の王を名乗る男が銃を振りかざし暴力で収容所内を支配するようになる。彼は配給される食料を独占し、食料を与える代償として金品を要求するようになり、金品が尽きると女性を差し出すように他の病棟要求してくるのだった。そして、やがて悲劇は起きる。医者と医者の妻が収容されている病棟内の女性の一人が、第三病棟の王の仲間の暴力を受け殺されてしまう。怒りを抑えきれなくなった医者の妻は、ハサミを手に第三病棟に忍び込んで王の仲間の一人を刺し殺す。そして、自分は目が見えることを宣言し、食料を渡さなければ一人一人殺していくと王に警告するのだった・・・・・。
 
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たぴおか的コメント    う〜ん、結局そうくるかぁ・・・・・かなり期待して劇場へ向かった作品ではあったのだが、蓋を開けてみればM・ナイト・シャマラン監督の『ハプニング』を連想させる内容にちょっとガッカリだった。結局、理由も原因も不明で突然失明し、それは次々と周囲にパンデミック(広域感染)し、ある日突然自然治癒するということの説明は一切なく、私のようにその点に理論的な説明を欲しがる観客にとっては今ひとつ物足りない。そして、さらに不可解なのはなぜジュリアン・ムーア扮する主人公だけが失明しないのかという点。最低限その点だけは理由を説明しなければ、ご都合主義のストーリーだと揶揄されても仕方ないだろう。すべてが現実感を喪失した夢物語と感じてしまったのも、そういった科学的な裏付けが存在しない空虚な設定のためだと思われる。まぁ、作品の主題が極限下に置かれた人間の描写にあるわけで、その原因などは二次的な要素だからある程度割愛されるのはやむを得ないのだろうけど。
 それにしても、制作者側は木村佳乃と伊勢谷友介を夫婦役で起用するとは、あまりに大胆なキャスティングだと苦笑せざるを得ない。バイリンガルの木村佳乃はともかく、海外で有名とも思えない伊勢谷を起用したのは、当然ながら日本も制作国に名を連ねているからこそで、どういう意図で2人を使ったのか非常に興味をひかれる。おそらくは、当の本人たちは非常にバツの悪い思いをしたのではないだろうか、などと不要な邪推もしたくなってしまう(笑)。そして、主役のジュリアン・ムーアなのだが・・・・・演技には文句を言う筋合いはないのだが、やはりルックスとなるとどう見ても美しいとは思えない。体型も完璧に中年のオバチャンだし、実は木村佳乃とアリス・ブラガとの3人でシャワーを浴びるシーンがあるのだが、木村佳乃はバストが写らない胸から上のみの映像なのだが、スリムで肌に張りのある若いアリス・ブラガと共にジュリアン・ムーアまでがバストのヌードを披露しているのにはもう唖然とするしかなかった。その後味の悪さは『あるスキャンダルの覚え書き』でジュディ・デンチの入浴シーンを見せられた時に匹敵するものがあり、この作品中では最もコワいシーンだった(笑)。
 余談はともかくとして、伝染を防ぐために感染者を隔離したのはともかく、隔離施設の中には目が見える人間は主人公以外にいないのだが、そんな状況下であれほど統率のとれた生活ができるのかが疑問だ。まして、拳銃による圧政が可能だとはとても思えない。銃はそれが見えて初めて恐怖を覚えるのであって、既に「見えない」という最大の恐怖下に置かれた人間が簡単に銃に屈服するものなのだろうか?そして、「見える」主人公が率いる側が結局は圧制者側に勝利するのもあまりに当然の成り行きだ。ただ、人間の五感で最も重要な役割を果たしているのが視覚であり、その視覚を突然に失った人類が陥る無秩序は、人間の汚い本能むき出しの世界であることは間違いないだろう。その無秩序の描写が比較的控えめであったような気はするが。